2026.06.02
廃業で製造不能に―情報ゼロから量産復旧した金型移管物語―
ある日突然、作れなくなった・・・
「長年お願いしていたゴムメーカーが廃業してしまい、製品が作れなくなったんです。」
ある日、お客様からそんなご相談をいただきました。
今回の製品は、海水中で使用される電気製品に組み込まれるゴム部品。金属とゴムを加硫接着した特殊な構造で、長年同じゴムメーカーで安定して製造されていました。
しかし、そのメーカーが突然廃業。
製品の供給は止まり、お客様は非常に厳しい状況に置かれていました。
当然、その先のお客様からは納期に関する問い合わせや催促が次々と入ってきます。
「何とかして製造を再開したい。」
しかし、どこから手を付ければいいのか分からない。そんな切迫した状況の中で、弊社にご相談をいただきました。
幸い、金型は回収できていました。
しかし、問題はここからです。回収できたのは金型だけ。材料情報、成形条件、品質管理のポイント、製造時の注意事項など、量産に必要な技術情報の多くは失われていました。
実は、このようなケースは決して珍しくありません。急な廃業によって十分な引継ぎが行われなかったり、担当者と連絡が取れなくなったりすることで、図面には残らないノウハウが失われてしまうのです。
図面には形状や寸法は記載されています。
しかし、
- どの材料を使っていたのか
- なぜその材料が選ばれていたのか
- なぜその硬さだったのか
- 海水中でどのような性能を発揮していたのか
- どのような管理基準で製造していたのか
までは分かりません。
一般的には、「金型があれば同じ製品を作れる」と思われがちです。
しかし、実際のゴムづくりでは、金型だけでは再現できない技術情報が数多く存在します。今回の案件もまさにそうでした。
私たちは、残された図面と金型、そして使用環境に関するわずかな情報を手掛かりに、ゼロから製品の再現に挑むことになります。
ところが、最初の試作で思わぬ壁にぶつかることになるのです。
設備の老朽化やコスト改善、サプライヤーの変更など、ゴム製品の生産移管が必要になる場面は年々増えています。特に最近増えているのが、突然のサプライヤー廃業や納期遅延、品質問題など、想定外の事態に対応しないといけないケースです。
ゴム成形は材料配合、金型構造、工程条件、検査方法など、長年の経験や積み重ね
その生産移管、本当に大丈夫?ゴム製品の生産移管・金型移管に潜む落とし穴と解決策を解説
目次
海水中で使う。その情報だけを頼りに材料を推定した
材料情報は残されていませんでした。前任メーカーがどの材料を使っていたのか、どのような配合だったのかも分かりません。
しかし、製造を再開するためには前に進むしかありません。
私たちがまず着目したのは、この製品が海水中で使用されるという点でした。
ゴム材料にはさまざまな種類がありますが、それぞれ得意な環境と苦手な環境があります。
今回の製品は海水中で使用されることから、耐水性や耐候性、耐薬品性などを考慮し、まずはCR(クロロプレンゴム)を選定しました。
また、この製品はゴムと金属を加硫接着する構造であったため、接着性能とのバランスも重要なポイントでした。
もちろん、この時点では確信があったわけではありません。あくまで限られた情報から最も可能性が高い選択肢を導き出したに過ぎません。
それでも、「まずは作ってみる」という判断を行い、試作品の製作に着手しました。
「この材料、カタログでは問題ないはずなんですが……」
これは、ゴム製品の技術相談を受ける中で、本当に何度も耳にしてきた言葉です。
耐熱性は足りている。耐油性もある。耐候性も問題ない。
それでも現場では、ひび割れ、膨潤(膨らむこと)、硬化、漏れ、導通不良といったトラブルが起きる。
なぜでしょう
そのゴム材料、カタログ通りに使ったのに失敗する理由 ゴム材料トラブルは「環境の組み合わせ」で起きる
海水に浸けた瞬間、想定外の問題が発覚した
試作品は無事に完成しました。外観や寸法に大きな問題はなく、金属との加硫接着も成立しています。ひとまず製品として形にはなりました。
しかし、本当の問題はここからでした。お客様による評価試験の結果、想定外の不具合が発覚したのです。
海水中に浸漬すると、製品の抵抗値が大きく低下してしまう。その結果、本来求められていた機能を満たすことができませんでした。
海水中で使用されるという条件から材料を選定し、耐水性や耐候性も考慮していました。
しかし実際には、それだけでは足りなかったのです。
ここで初めて見えてきたのが、「図面には書かれていない要求性能が存在するのではないか」という可能性でした。
図面には書かれていなかった「本当の要求性能」
試作品の評価結果を受けて、私たちは改めて製品の使用環境や要求性能を見直しました。
すると、一つの重要な事実が見えてきました。
この製品に求められていたのは、単に海水に耐えることではなかったのです。海水中で使用される電気製品の一部である以上、一定の電気特性を維持することも重要な役割でした。
ところが、その要求性能は図面には記載されていませんでした。前任メーカーは長年にわたって安定供給を続けていたため、当たり前のように満たされていた性能だったのかもしれません。
しかし、私たちはその背景を知りません。図面と金型だけを頼りに製品を再現しようとしていたため、その重要な情報にたどり着くことができなかったのです。
そこで私たちは、「なぜ前任メーカーの製品は問題なく機能していたのか」という視点で考え直しました。
調査を進めた結果、一般的なCRではなく、特殊な電気特性を持つ配合が必要であることが見えてきました。
また、抵抗値の要求を満たす方法としてEPDMへの変更も検討しました。
しかし製品の使用環境を改めて確認すると、海水だけでなく薬品を含んだ水中で使用される可能性もあることが分かりました。
そこで私たちは、目先の試験結果だけではなく実際の使用環境を重視し、特殊な電気特性を持たせたCRで開発を進めることにしました。その結果、海水中でも要求される電気特性を維持できる見通しが立ったのです。
これでようやく量産復旧への道筋が見えた――。
私たちはそう考えていました。
しかし、移管案件はそう簡単には終わりませんでした。
材料が決まっても、量産できるとは限らない
今度はゴムと金属の加硫接着が安定しないという問題が発生したのです。接着不良が発生すると、多くの場合はまず接着剤や前処理を疑います。
実際に私たちも、
- 接着剤の選定
- 塗布条件
- 表面処理
などを重点的に確認しました。しかし、原因はそこではありませんでした。
詳しく調査を進めると、加硫時に金具がわずかに変形していることが分かったのです。
金具の変形によって接着界面に無理な力が加わり、安定した接着ができなくなっていました。
実は、製品の構造上、ゴム量が多く、加硫時に発生する応力が金具へ大きく伝わっていたのです。
そこで私たちは、必要な機能を維持しながらゴム量を最適化し、加硫時に発生する応力を低減しました。さらに金具表面の処理条件も見直し、接着環境を整えました。
その結果、接着性能は安定し、量産に耐えられる品質を確保することができました。
工場内で設備が稼働していたある日。機械と配管をつなぐジョイント部分から、いつもとは違う異音が発生しました。
設備を停止して確認してみると、ジョイント部に使用されていたゴム部品が破損。内部に一体成形されていたボルト受け側の金具が、ゴムから外れてしまっていたのです。
しかし、よく見ると少し違和感があ
加硫接着が突然剥がれた!?見落とされがちな“金具前処理”と接着剤選定の落とし穴
移管案件で本当に失われるもの
今回の案件では、
- 材料情報が分からない
- 海水中で性能が出ない
- 加硫接着が安定しない
と、次々に問題が発生しました。
しかし振り返ってみると、どの問題も根本原因は同じでした。
それは、「なぜその仕様になっていたのか」という情報が失われていたことです。
前任メーカーは長年にわたり安定して製造を続けていました。
しかし、
- なぜその材料だったのか
- なぜその配合だったのか
- なぜその形状だったのか
- なぜその工程だったのか
という背景までは図面に残されていませんでした。
図面には寸法や形状は記載されています。
しかし、図面だけでは製品の目的までは分かりません。
例えば今回の案件でも、海水中で使用されることは分かっていました。だから私たちは耐水性や耐候性を考慮して材料を選定しました。
ところが実際には、それだけでは足りませんでした。
本当に求められていたのは、海水中でも一定の電気特性を維持することだったのです。
また、加硫接着の問題も同様でした。接着剤や表面処理を見直しても解決せず、最終的には製品構造そのものに原因がありました。
つまり、材料や接着剤が悪かったのではありません。
私たちが最初に知らなかっただけで、その製品には長年の試行錯誤によって積み上げられた理由が存在していたのです。
移管案件で失われるのは、金型ではありません。本当に失われるのは、「なぜそうなっているのか」という技術者の思考そのものです。だからこそ、移管案件では前任メーカーの製品をそのまま再現しようとするだけではうまくいきません。
重要なのは、「前はどう作っていたか」ではなく、「なぜその仕様で成立していたのか」を理解することです。
図面を読み、使用環境を確認し、要求性能を整理し、仮説を立て、検証を繰り返す。
遠回りに見えるかもしれませんが、その積み重ねによって初めて量産復旧にたどり着くことができます。
今回の案件は、まさにそれを教えてくれた事例でした。
まとめ
メーカーの廃業や事業撤退による金型移管は、今後ますます増えていくと考えられます。
しかし、「金型はあるから大丈夫」とは限りません。
図面には書かれていない技術情報やノウハウが失われているケースは少なくないからです。
信栄ゴム工業では、金型移管や代替製造のご相談だけでなく、将来の供給リスクを見据えたご相談にも対応しています。長年取引しているメーカーがあるから安心と思っていても、
- 後継者不在
- 担当者の高齢化
- 事業縮小
- 設備の老朽化
などにより、ある日突然製造継続が困難になるケースは決して珍しくありません。
しかし、廃業や事業撤退が決まってから動き始めると、今回の事例のように材料情報や製造条件、品質管理のノウハウといった重要な技術情報が失われてしまうことがあります。
私たちは単に図面通りに製品を製作するのではなく、
- 製品がどのような環境で使用されるのか
- どのような機能が求められているのか
- なぜその材料や構造が採用されているのか
といった背景まで整理しながら、量産復旧や金型移管を進めています。
「今すぐ困っている」というご相談はもちろん、
- 取引先の廃業が決まった
- 金型移管先を探している
- 図面はあるが情報が不足している
- 以前と同じ性能が再現できない
- 長年取引しているメーカーに後継者がおらず将来が不安
- 担当者の高齢化が進み技術継承に不安を感じている
といった段階でも構いません。
製品供給が止まってから慌てるのではなく、将来を見据えて準備を進めることが、結果として安定したものづくりにつながります。
金型移管や代替製造でお困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。